レッスン1

みかんって何だろう?
      &
みかんはどこから来たのだろう?



「みかん」という呼び名は柑橘全体のことを指す場合もあるが、正しくは温州みかんのことを「みかん」と呼びます。

広辞苑(岩波書店)にはこう書いてあります。

みかん「蜜柑」
@ミカン属の一品種の温洲蜜柑のこと。
Aミカン科のうちの特にミカン亜科ミカン属の樹、また、その果実の総称常緑低木で高さ約3メートルに達し、葉は長卵型で有柄互生、葉柄には左右に翼がある。6月頃、白色5弁の花を開く。液果は初めは緑色で、黄橙色に熟すると果実は香りがよく、甘酸味があり食用果皮は薬用または香料。ハッサク・ナツミカン・ユズ・ポンカン・ウンシュウミカンなど。

ミカンの花

                      みかん(温州みかん)
(1)原産地・来歴・経緯
来歴はその名のように中国チョーチャン省の温州府から渡来したかんきつだろうとみられていたが、鹿児島県長島(ながしま)にみかんの原木(樹齢 300年以上)の古木が存在していたので、それが原木だろうと考えられていたが、この古木は昭和10年代に枯死し、今はその第2代樹が残っている。わが国が原産地である事が明らかになった。温州みかんという名前は江戸時代後期につけられ、明治年代に統一されたようである。それ以前にはトウミカン(唐蜜柑)、キンキュウ(金九)、リウジン又はリウリン(李夫人)、ナカシマ(中島)などと呼ばれていた。中島は仲島とも書き、長島のことである。明治7〜8年頃から増加し始め、現在ではわが国で栽培されている柑橘の大半を占めている。

柑橘類とは

.....


学術的に見た場合、一般的に柑橘類と称されているものはカラタチ属、柑橘属、キンカン属の植物をさす。
カラタチ属 ・・・・ カラタチは台木に利用されている。
柑橘属 ・・・・ みかん、夏みかん、ハッサク、伊予柑、ネーブル等
キンカン属 ・・・・ 丸キンカン、長キンカン
                 
            「農林漁業の基礎知識-果樹編-」(農林水産省統計情報部企画情報課)による。 

(2)形状・生育条件
果実の大きさは、系統により大きな差が見られるが、100グラム前後、果形は扁平で果皮は薄くてむきやすい。じょうのう(果肉を包む薄皮)も分離しやすい。甘、酸とともに適合して果汁が多い。砂じょう(つぶつぶ)はやや太くて短い紡錘系(ぼうすいけい)をしている。通常無核であるが、まれに種子がある。主要柑橘の中では最も低温に耐えるが、それでも年平均15度C以上を要し、16〜17度が最適でマイナス5度C以下にならない事が望ましい。したがって、わが国では西南暖地の海岸地帯に多く栽培されている。


(3)品種及び系統
鹿児島県で生まれた温州みかんはそこから各地に広がった。まず近隣の熊本県に流入したであろうが、福岡県に入って産業化し、田主丸(たぬしまる)で現在の在来系として固定し、これが大分県、愛媛県及び瀬戸内海に入って幾多の系統を生んだ。その一つは愛媛県立間(たちま)村・(現吉田町)の平系であり、他の一つは大分県青江(あおえ)村・(現津久見市)の早生温州(青江早生、川野早生)である。
一方、大阪府池田方面に伝わったものが池田系を生み、これは大阪府、和歌山県に広まり、更に徳島県、高知県にも伸び、瀬戸内海に入ったものは、蒲刈(かまがり)島あたりまで行って止った。長崎県に入ったものは伊木力系を生んだ。そしておそらくこれから愛知県に入ったものが尾張系となり、この系統は中島郡(なかじまぐん)の苗木場から東に向かって移動し、静岡県から更に神奈川県へと進んだ。尾張系で大阪府泉北郡山滝に入ったものは「改良温州」と称され、主として瀬戸内海地方に流れ、広島県大長(おおちょう)から山口県大島郡まで行き渡った。

ポイント!

リウリン?
「温州みかん」という名前が全国的に定着したのは明治時代になってからです。それまでは李夫人(リウリン)とか唐(から)みかん、中島みかんなど、各地でさまざまな呼び方をされていました。ちなみに、李夫人とは、愛媛県の宇和島地方などでの呼び名で、中国の絶世の美女として名高い李夫人にあやかったもののようです。李とはすもものこと。形、色が良くておいしい、まるで李夫人のような、みかんの美人という意味を込めたネーミングであったと思われます。

温州みかん各系統の特性は次のとおりである。
@在来系
木は上向性で葉は大きく、翼葉もやや大きい、果実は大果で扁平、果面は粗で果皮が厚く、じょうのうも厚い。果肉は淡色で肉質は粗く、風味も劣る。通常種子を含む。熟期は尾張系より遅く、池田系よりは早い。福岡県に多いことから筑後系とも呼ばれ、浮羽うきは)郡田主丸の苗木場から広がった、これは温州みかんの原種にも近いので、品種が劣るので減少し、今日ではほとんど栽培されていない。
A池田(いけだ)
木は拡張性で葉は小型で幅狭く先端はとがり、翼葉はきわめて小さい。果実は小果で丸い。果面は粗で果皮は厚くて濃色、油胞(ゆほう)(みかんの皮のつぶつぶ)が大きく明りょうである。じょうのうはやや厚い。果肉も濃色で風味はよい。種子は非常に少ない。塾期は最も遅く、果実は貯蔵性に富む。大阪府豊能(とよの)郡細川村の原産とされる。大阪府池田の苗木場から広がったので摂津系ともいう。
B伊木力(いきりき)
木の外観は強勢で幹や枝が太く、葉は大きくて濃緑色である。果実も非常に大果で果頂部が平たく、果こう部(軸の方)がとがって細まり果頂部の方が大きいという果形が特徴である。果皮は濃色で厚く、油胞も大きい。じょうのうは厚いが柔らかい。果肉はやや淡色で風味は良い。通常少数の種子を含む。主として長崎県西彼杵(にしそのぎ)郡伊木力村(現多良見町)で栽培されてきたものである。
C尾張(おわり)
木は上向性で枝数が少なく、強勢である。葉は大きくて特に基部で幅広く、濃緑色で翼葉の幅は中くらいである。果実は大果で扁平、果こう部ともへこみ、花柱痕がへそになることもある。果皮は薄く、緑色で油胞が小さく、果面はなめらかで美麗である。じょうのうも薄い。果肉は濃色で風味良好である。種子はほとんど又は全くなく無核である。熟期は早い。来歴は明らかではないが、愛知県中島郡の苗木場から広まった。別名「改良温州」とも称される。
D平(ひら)
果実は大果で扁平、均斉のとれた形状である。果皮はやや厚く、あまり濃色ではない。果面はおおむねなめらかである。果肉は淡色で粗く、風味はやや良い。中心柱は比較的小さい。通常種子を含まないが、必ずしもそうとは限らない。愛媛県北宇和郡立間村(現吉田町)においてのみ知られてきた。
E早生系
木は上向性であるが、樹勢は弱くてわい性である。葉は小さくて上向し、枝葉は蜜で節間が短い。果実は非常に大果で偏球形であるが、果頂部は平らである。果面はなめらかで、完熟すれば濃色となる。がくは大きい。果皮は著しく薄く、じょうのうに密着する。油胞は大型で数か多い。じょうのうは柔軟で薄い。果肉はやや淡色で、風味はやや淡白であるが、酸味が少ない。通常無核である。大分県北海部(きたあまべ)郡青江村(現津久見市)で、在来系の枝変わりとして発見された。
以上のように、温州みかんは少なくとも6系統に大別される。その中の早生系(早生温州)は明治2年頃に初めて発見された。その後、早生温州は枝変わりによって生じた事が分かって、枝変わりの探索が注目されるようになった。早生温州ばかりでなく、普通温州においても各地で続々と優良系統が選抜され、今日まで優良と唱えられた系統数は数百にのぼっている。熟期だけをみても10月から12月にかけて連続的な変異を示すに至ったのである。現在各府県では奨励系統を選抜して優良系統の普及に努めている。更に最近、球心胚実性(しゅしんはいみしょうの中の変異の探索が進められ、すでに相当数の優良系統を選抜しているが、更なる有望系統の出現も期待されている。
                                  参考文献「果樹園芸大辞典」(養賢堂発行)
ポイント!
サツマ?
海外では、温州みかんはサツマ(Satsuma)と呼ばれます。これは、明治時代の初めに日本に来ていたアメリカ大使館員の夫人が、みかんの苗を薩摩国(鹿児島県)で買って、本国に送ったのが最初でそのためサツマと呼ばれるようになったのです。


主な柑橘の原産地

品種名 原産地 品種名 原産地
テンプルオレンジ ジャマイカ シロトン インドヒマラヤ地方
グレープフルーツ 西インド諸島 ライム インド及びアジア諸島
ベルガモット イタリア カラタチ 中国揚子江上流
クレメンタイン アクジェリア ゆず 中国揚子江上流
だいだい インドヒマラヤ地方 たんかん 中国広東省
スイートオレンジ インド及びミャンマー キンカン 中国
ぽんかん インドスンタラ地方 ぶんたん ポリネシア、マレーシア
レモン インドヒマラヤ地方 温州みかん 日本





わが国における柑橘品種の来歴

時代 西暦 導入および自然発生品種(太字は導入品種


飛鳥
白鳳
奈良




安土・桃山



- 100 タチバナ(野生)
- 200 ダイダイ
- 300 小ミカン
- 400
- 500
- 600
- 700 カラタチ、ユズ
大柑子
- 800 シトロン
柑子
- 900 駿河ユコウ
- 1000
- 1100
- 1200 丸キンカン
- 1300
- 1400 クネンボ、大紅ミカン、子紅ミカン
- 1500 花袖、ブンタン、スイートオレンジ
温州ミカン
- 1600 江上ブンタン、本田ブンタン
- 1700 長キンカン仏手カン、無核紀州、相模柑子、白羽柑子、
金柑子、夏ミカン、鳴門、絹皮、三宝ミカン、菊ダイダイ、
- 1800 キズ、スダチ、カボス、八代
ジャガタユ、日向夏、平戸ブンタン
- 1900 ハッサク、オレンジ、レモン、ポンカン、伊予柑、早生温州、
タンゼロタンゴール、甘夏その他突然変異系
- 2000
                         「果樹全書カンキツ」による

愛媛みかんの起源


昔の人の苦労は大変だったと思います

愛媛の温州みかんは、北宇和郡吉田町立間白井谷の加賀山次郎氏が、寛政6年(1794)に土佐から苗木を1本導入した事に始まります。その後慶応元年(1865)に東宇和郡明浜町俵津の熊吉という苗木商が兵庫県川辺郡東野村(現伊丹市)から55本の温州みかんを持ち帰り、立間の加賀山千代吉氏が購入したといわれています。
越智郡島とう部や、温泉郡中島町の大長(おおちょう)村(現豊町)、あるいは関西方面からの影響により発展したものと考えられています。

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